12歳で嫁ぎ21歳で寡婦になった淑徽公主(1642-1696年)

概略

1642年2月27日生まれ。朝鮮王朝第17代国王・孝宗と仁宣王后張氏の四女で、第18代国王・顕宗の妹、第19代国王・粛宗の叔母にあたる。仁祖が清国に屈服した際に息子たちが人質として求められたが、それが昭顕世子とその弟の鳳林大君(後の孝宗)や麟坪大君だった。鳳林大君は夫人(後の仁宣王后)とともに清へ渡り、淑徽公主は抑留生活中に瀋陽館で生まれたと思われる。昭顕世子の死去(謀殺)と仁祖の崩御に伴い、鳳林大君と夫人は世子夫妻から国王夫妻へと昇りつめ、淑徽公主も王族の末端から郡主を経て公主になった。

右参賛チョン・ユソン(鄭維城)の孫である寅平尉チョン・チェヒョン(鄭斉賢)に12才で降嫁。顕宗2年(1661年)に息子を出産、翌年に夫が逝去し、21歳で寡婦になった。息子も25歳で跡継ぎがないままに亡くなったので養孫を迎えている。晩年、病が重くなった淑徽公主が逝去する半年前に甥の粛宗が見舞い、弔問もした。1696年10月27日没。

チョン・テイル(鄭台一)(1661年-1685年)

補足

母の仁宣王后はとっても子だくさんでしかも女系家族!?顕宗のほかはみんな王女様で6人も生んでいます。すごいですね!娘さんたちの中で有名な方はドラマ「張禧嬪」でかなりウザかった淑安公主だと思います。淑徽公主は6人いる中の4人目ですし、「馬医」で登場しなければ注視されることはほぼなかった存在ではないでしょうか。孝宗時代にすでに結婚していますので、「馬医」のようにペク・クァンヒョンに恋をするヒマはなかったはずですが、若くして寡婦になったという事実が用いられて今回の大出世(!?)となったようです。ドラマの字幕では「スッキ王女」となっていますが、本来は「スッキ公主」であり、「スクフィ公主(コンジュ)」が正しい読み方かもしれません。

ドラマに見る淑徽公主

「馬医」にはスッキ王女としてキュートで強気なお姫様キャラで登場。主役のペク・クァンヒョンに身分を越えた恋心を抱くも叶わず、結婚したと思ったらすぐに寡婦になり、喪が明けたとたんにショッピングしまくります。お付きのマ軍官をいたぶるシーンも笑いを誘いました。

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