王妃・側室・世子嬪・公主

王妃・側室・世子嬪・公主

12歳で嫁ぎ21歳で寡婦になった淑徽公主(1642-1696年)

概略1642年2月27日生まれ。朝鮮王朝第17代国王・孝宗と仁宣王后張氏の四女で、第18代国王・顕宗の妹、第19代国王・粛宗の叔母にあたる。仁祖が清国に屈服した際に息子たちが人質として求められたが、それが昭顕世子とその弟の鳳林大君(後の孝宗...
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9人もの子を生み王の祖母になった仁嬪金氏(1555-1613年)

<概略>朝鮮王朝第14代国王・宣祖の側室、朝鮮王朝第16代王・仁祖の祖母。本貫は水原金氏。父は典牲署主薄を務めたキム・ハンウ(金漢佑)またはキム・ハング(金漢耈)、母は孝寧大君(太宗と元敬王后閔氏の息子)の血を引く家門出身で、母の姪は光海君...
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一国のお姫様から悲しい境遇に転じた敬恵公主(1435-1473年)

<概略>朝鮮王朝第5代国王・文宗の長女で、第6代国王・端宗の姉。母の顕徳王后權氏は文宗の世子時代の側室で、敬惠公主を産んだことが評価されて世子嬪の座を得たが、端宗を産んで産褥死した。幼い頃の敬惠公主は、郡主(世子の娘)として、当時の慣習どお...
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元敬王后の激しい嫉妬を買った孝嬪金氏(?年-1454年)

<概略>朝鮮王朝第3代国王・太宗の側室。元敬王后閔氏が実家から連れてきた使用人。奴婢出身。太宗の即位前に庶長子・敬寧君を出産し、即位後は孝順宮主に封じられる。逝去後400年以上経った高宗時代に孝嬪の諡号を贈られ、現在は京畿道九里市峨嵯山のふ...
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名実共に糟糠の妻なのに冷遇された元敬王后閔氏(1365-1420年)

<概略>朝鮮王朝第3代国王・太宗の正妃。本貫は驪興閔氏。父は驪興府院君ミン・ジェ(閔霽)、母は砺山宋氏出身。高麗末期の儒教の名門出身である父も、高麗時代に正一品職に就いていた人物の娘である母も、穏やかな人柄として伝えられている。二歳年下のイ...
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夫(定宗)に譲位を決心させた定安王后金氏(1355-1412年)

<概略>朝鮮王朝第2代国王・定宗の正妃。本貫は慶州金氏。父は月城府院君キム・チョソン(金宗瑞)、母は潭陽李氏出身。イ・ソンゲ(太祖)の二男であるバングァ(永安大君)と結婚し、いくたびもの政変を経て太祖が朝鮮王朝を開き、1398年に夫が世子に...
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夫と息子の晴れ姿を見られなかった神懿王后韓氏(1337-1391年)

<概略>朝鮮王朝第1代国王・太祖の正妃。本貫は安辺韓氏。父は安川府院君ハン・ギョンニョン(韓敬敏)、母は三韓国大夫人申氏(朔寧申氏出身)。咸鏡道の(おそらく地味な)豪族出身。同じような家柄のまだ無名だったイ・ソンゲ(李成桂)と15歳で結婚。...
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王の母でも淑嬪崔氏はナゾ多き女性!?

身分の低さゆえか、情報の少ない淑嬪崔(チェ)氏。ちなみにトンイというのは架空の名前で、実際の本名は不明だそう。「トンイ」の公式ガイドブックには「奴婢だった。生い立ちに謎が多い。記録が少ない」などとあり、プロフィールがほとんど載っていません。...
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張禧嬪との対立で有名な淑嬪崔氏(1670-1718年)

<概略>朝鮮王朝第19代国王・粛宗の側室。本貫は海州崔氏。父は領議政を追贈されたチェ・ヒョウォン(崔孝元)、母はホン氏(南陽洪氏出身)。詳しい記録が少なく、仁顕王后付きの下女(ムスリ)または針房出身の宮女などという説がある。廃位された仁顕王...
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朝鮮王朝で最初に王妃の座についた神徳王后康氏(1356-1396年)

<概略>朝鮮王朝第1代国王・太祖の正妃。本貫は谷山康氏。父は象山府院君カン・ユンソン(康允成)、母は晋山府夫人姜氏(晋州姜氏出身)。忠恵王時代に名を馳せた父や叔父を輩出した、高麗時代から続く権門一族出身。勢いのある武人に過ぎなかった21歳年...